「社会的弱者」問題

しかし、日本でいう「社会的弱者」は、全てを保険の問題として捉えきれない性質がある。保険の問題として捉えられない別の側面には、公平性の問題がある。つまり、政府が運営する保険を厳選して、危険に直面した国民を救済したとしても、恵まれた人と恵まれなかった人との格差は、依然として残る。

あるいは、今よりもその格差が広がることになると予想されている。それでもよいか、その格差はどこまで耐え得るか、この問いに近い将来日本国民全体で答えを出さなければならなくなる。公共経済学の文脈では、すでに効率性と公平性(厳密には事後的な効率性)がトレード・オフになっている状況では、公平性よりも効率性を優先する方が望ましいということが、一九九六年にノーベル経済学賞を受賞したマーリース・ケンブリッジ大学教授らによって証明されている。

それは、先に経済を効率化して経済成長を促しパイを大きくするのを先にして、後でそのパイを人々が望むように分けるという方法と、先にパイを望むように分けて、その後で経済成長を目指そうという方法とでは、前者の方が最大多数の最大幸福を生むということである。高い能力を持つ人にまずはパイを増やしてもらい、その後で増えたパイを人々が望むように分けられた方が、分け前は後者の方法に比べて大きくなるのである。

これを、地域間の利害対立の問題に応用すると、次のようになる。

まず、経済全体で利用可能な資源(土地、資本、労働力など)に限りがあるので、資本や労働力を生産性の高い地域に持って来て生産すると、日本全体のGDPをより大きくできるのである。具体的にいえば、北海道から東京へ一人だけ追加的に移住したとする。このとき、人口(労働者数)が増えた東京ではそれだけ(厳密にいえば労働の限界生産性分だけ)生産量が追加的に増加するが、人口が減少した北海道では生産量が追加的に減少する。

ここで、東京の追加的な生産量増加分が、北海道の追加的な生産量減少分よりも大きいとき、北海道から東京へ一人だけ追加的に移住すると、両者の差の分だけ経済全体で利用可能な生産量=所得が追加的に増加することになる。この増産された生産物を両地域の家計に追加的に配分すれば、両地域の家計とも効用が上がる(これを経済学ではパレート改善できるという)。

逆に、東京の増加分が北海道の減少分よりも小さければ、経済全体で利用可能な生産量=所得が追加的に減少する(だから、最終的には、各地域での限界生産力が等しくなる状況が日本全体のGDPが最も大きくなる)。

例えば、北海道から東京へ一人だけ追加的に移住すると、東京では生産量が一四〇〇万円増え、北海道では生産量が二〇〇万円減れば、日本全体では生産量=GDPが一二〇〇万円増加することになる。

もしこの状態で、北海道から東京へ一〇人追加的に移住すると、日本全体では生産量=GDPが一億二〇〇〇万円増加し、これを適切に分配すれば、どこに住んでいても日本国民には一人当たり平均で一円の所得が増加する。

これは、地域間の労働移動の問題であるが、資本についても同様のことが言える。ただ、資本(設備投資資金)は地域間を動くスピードが速い(例えば、今日北海道の銀行に預けたお金がコール市場を通じて明日には東京の銀行に貸し出されている)ので、深刻な問題はほとんどないが、人の移動は(金銭的・非金銭的)コストが大きい点と、一人一票という民主主義の政治力が伴っている点で、生産性を高める目的であっても地域を超えて容易に移動できないという問題がある。

しかし、日本経済全体のことと、個々人の結果的なパイの分け前を考えると、生産性の低い地域に住んでいる人に対しては、他の国民、あるいは政府が、「本当にそこに住んでいてもいいのか」という問いかけを積極的にすべきである。同じ人でも、生産性の低い農村部に住むよりも、都市部に移住すれば、所得がもっと増えるはずなのに、みすみすそのチャンスを見逃してしまっているのである。

特に、国の公共事業や地方交付税などの補助金は、生産性の低い農村部に住んでいる人に、「そこに住み続けても何とか生活はできるよ」と言わんばかりの政策をしているのであり、その公共事業や補助金さえなくせば、都市部に移り住んで、一人当たりの国民所得がもっと増えるはずなのに、みすみすそのチャンスを見逃してしまっているのである。

効率性の観点から、農村部重視の公共事業や補助金を削減し、もっと都市部に人を集めてまず日本経済全体のGDP自体を大きく増やす必要がある(これこそ、経済成長率を高めるという意味で「景気対策」になるといって過言ではない)。もちろん、ただでさえ過酷な通勤ラッシュや首都高速の渋滞など「過密」の弊害があるのに、もっと東京や大阪に人を集めてどうするのかという反論もあろう。

しかし、農村部重視の公共事業や補助金を削減し、そのお金で都市部の交通網を整備すれば、この問題は解決する。日本の都市部では、混雑効果による弊害よりも、人口集中による集積の利益(規模の経済性)の方がはるかに大きいと考える。

適切な人口分布によって最大限に日本のGDPを大きくした後で、(垂直的)公平性を重んじてパイを公平にどう分配するかは、経済理論では次のように考える。国民が住む地域を自由に選択できるならば(その調整にある程度の時間がかかったとしても)、自分がどの地域に住めば最も高くなるかを考えて居住地を決めるため、全地域で効用水準(生活の満足度)は等しくなる。なぜならば、中長期的に見て、別の地域に住むともっと高い効用が得られるならばそちらに引っ越そうとするわけで、もうこれ以上引っ越ししない(今のところに定住する)という状況は、これ以上高い効用が得られないという状況になったからである。

たとえ地域間で所得格差が顕著に残るとしても、所得格差を補う程度の郷土愛によって(低所得の地域住民の)効用が高まっていると経済学では解釈される。住民の地域間移住によってどの地域に住んでも効用水準(生活の満足度)が等しくなるということは、異なる地域の住民の間で公平性が保たれていることを意味する。しかも、それが財政的措置ではなく、(ある程度の時間がかかったとしても)住民の自発的な移住によって導かれている点が重要である。地域間の公平性を考える上で、所得格差だけを捉えて不公平というのは不完全である。

なぜならば、住民の効用が、民間消費と行政サービスの消費という金銭的なものと、郷土愛という非金銭的なものから得られるならば、所得格差は金銭的な部分のみを指しており、非金銭的な効用である郷土愛を含んでいない。住民にとって郷土愛による効用を加味しても、他地域に移住しない方が効用が高いならば、低所得を甘受してもその地域にとどまろうとする。

そのとき、地域間で所得格差は顕在化するが、効用水準で見れば公平になっている。このように、地域間の所得再分配政策を考える上で、公平性の観点は長期的には重要でないのである。こうした認識に立てば、政府が個人間での所得再分配政策は必要があれば行うべきであるが、公平性を重視した地域間の所得再分配政策を大規模に行う必要はない。

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