メカニカル手法では、事前に設定した仕掛けと手仕舞いの決まったルールに相場の動きが合ったときしか、トレードができない。ルールから外れることは何であれ、トレードの誤りとみなされる。ルールに従わないでおこうと考えるだけでも、トレードの誤りだ。

一方、裁量手法、つまり主観に基づく手法に移ると決めたら、これらのルールにはもう縛られない。メカニカル手法では、「その場での」分析・評価・決定は許されず、融通が利かない。だが、裁量手法では、「その場での」状況分析によって、自分の目的に合う結果が出る「かもしれない」と分かったことは裁量で判断して実行してよい。メカニカル手法はトレードで成功するための完全に実行可能な方法だ。

それにもかかわらず、裁量手法に移るのは、トレンドの継続か転換の可能性を示して仕掛けや手仕舞いのシグナルになると学んできた知識をすべて使える、という利点があるからだ。そして、その知識を、「その場での」状況の評価に利用するのだ。裁量トレードでは、メカニカル手法でエッジ(優位性)として定義した厳密な変数に相場が合うまで待つ必要はない。事前にトレードを計画したあとで、相場の動きを「その場で」分析して考え直し、計画を実行しないか、まったく違うことをしようと決めても構わない。

トレードを仕掛けて、損切りの逆指値と利食い目標の指値を置いたあと、「その場での」状況評価に基づいて、それらの逆指値か指値、あるいは両方の位置を変えようと決めてもよい。例えば、私がエッジと定義しているパターンが相場に現れたので、トレードをしようと決める。リスクを測るため、私は自分に問う。「相場がどこまで逆行すれば、このエッジがうまくいかないと判断するか。どの水準でリスク・リワード・レシオが下がりすぎて、トレードがうまくいくかどうかを判断するのにこれ以上のお金を使う価値はないと考えるか」と。

そして、現在の相場を見たうえでこれらの質問に答えて、損切りの逆指値を置く。トレードを続けてしばらくの間、相場は自分のポジションをはさんで上下するが、利食い目標に達するか損切りの逆指値に引っかかるほど大きくは動かない。

一方、相場は私の損切りの逆指値がおそらく仕掛け値に近すぎると示唆する動きをしていて、少し離したほうがよいと伝えている。つまり、相場のそのときの動きは、トレードがうまくいくかどうかを判断するために、初めに考えていたときよりも価格が動く余地をもう少し与える必要があることを示している。損切りの逆指値を仕掛け値から遠ざけようと決めたら、私はトレードの誤りを犯していることになるだろうか。

私が確率に基づく信念に完全に従って動いているのであれば、答えはノーだ。その場合には、起きていることや起きていないことが怖いから逆指値を動かしているのではない。状況を客観的に評価し直して、逆指値を動かしているのだ。

そして、そのことによって、私はエッジのパラメータを定義し直すように促される。損切りの逆指値を動かしたほうが、結果が良くなるという保証はない。しかし、確率に基づく信念を身につけて、相当数のパターン(パターン(エッジ)を特定できるようになり、重要な相場の動きとそうでない動きの違いを区別できる感覚を身につけた者にとっては、「その場で」評価をして決断を下すことは、事前に設定した仕掛けと手仕舞いの厳密なルールに相場が合うまで待つしかない場合よりも、全体として見ればはるかに良い結果を「生み出すことができる」。

私は「できる」という言葉を強調するつもりだ。「その場での」評価はより良い結果を生み出す可能性があるが、それらの結果を着実に生み出すには、メカニカル手法で成功するときには不要な、非常に洗練された自己観察のスキルを身につけている必要があるからだ。

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